公園の木に雷が落ちた夜、明暗が分かれたわが家
停電は「被災した家」だけの話ではありません。
自分の家が無事でも、町が止まることはある。――その夜、生活の差がはっきり見えました。
夕方、突然それは起きた。
「バンッ!!!」
光と衝撃が同時に来た。
窓ガラスがビリッと震える。床が一瞬揺れた。
まるで爆発。
外を見ると、近所の公園の大木から白い煙が上がっている。
雷が直撃したのだ。
その瞬間――
家の電気が落ちた。
エアコンが止まる。
テレビが消える。
冷蔵庫の音も消える。
近辺一帯が、まず真っ暗になった。
そして数分後。
倒れた木が電線を引きちぎったらしい。
「〇〇〇公園で落雷による倒木が発生。
電線損傷のため、〇〇町一帯で停電が発生しています。
復旧の目途は立っていません。」
目途は立っていない。
つまり、いつ戻るか分からない。

外は蒸し暑い。今日は熱帯夜の予報だった。
エアコンなしで眠れるだろうか。
冷凍庫のアイスは?
冷蔵庫の食材は?
スマホの充電はあと何%だったか。
近所から声が聞こえる。
「真っ暗だ…」
「いつ復旧するんだろう」
でも――わが家は違った。
屋根の上の太陽光。
昼間に蓄えた電力。
蓄電池。
瞬間的な停電のあと、自立運転に切り替わる。
リビングの灯りが戻る。
エアコンが再び動き出す。
冷蔵庫も止まらない。
町は停電している。
でも、わが家の生活は止まっていない。
子どもが聞く。
「今の音なに?うち大丈夫?」
「雷だよ。でも大丈夫。」
ただそれだけ。

冷凍庫を開ける。
アイスクリームは溶けていない。
スマホも充電できる。
Wi-Fiも動いている。
情報も取れる。
何より違うのは、
“焦らない”ということ。
雷は防げない。
落雷も、倒木も、防げない。
でも、
生活が止まるかどうかは選べる。
電気を「買うだけ」の生活と
電気を「持っている」生活。
その差は、想像以上に大きい。

もし今夜、あなたの町で落雷があったら。
エアコンは?
冷蔵庫は?
スマホは?
家族の安心は?
止まらない生活は、偶然ではなく「準備」です。
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